もう無理だ。コイツと冷静に話し合うなんて、僕にはできない。
「お前の目的は何だ?」
四月に転入して以来、学校では出した事のない刺々しさが瑠駆真を包む。それは、聡のような激しさはなくとも、初めて目にする女子生徒たちには十分峻烈だ。
「目的?」
「お前と金本緩はつるんでいた」
「下卑た言い方はよしてくれ」
「言い方なんてどうでもいいっ!」
床に向かってそう叫び
「目的は何だ? 僕か? 僕が生徒会のお茶会とやらに」
「言っておくけど」
何かの留め金でも外れてしまったかのような瑠駆真の早口を、陽翔はピシャリと遮る。
「俺はそんな低劣な人間じゃない。例え目的の為であっても、誰かを陥れるような真似なんて、俺はしないよ」
そうだ。俺はそんな事はしない。たとえ殺したいほど嫌いな山脇瑠駆真を前にしても、俺は絶対にそんな事はしない。
だって、そんな事をすれば、初子先生に嫌われてしまう。
「俺は事実を言っているだけだ」
「嘘だ」
「嘘だと思うんなら、他に聞いてみればいい。例えば、大迫美鶴本人はどう言っているんだ?」
逆に問われ、瑠駆真は言葉に詰まって口を閉じた。
美鶴には、昨日から連絡が取れないでいる。
放っておいてくれとメールされ、とりあえずは返事をしてくれたのだからと、彼女の意見を尊重した。
「どうした? 答えられないのか?」
鷹揚とした陽翔の言葉に、瑠駆真は下唇を噛む。
「小童谷、僕はどうやら君とは反りが合わないらしい」
「そうかい。それは残念だな」
大して残念そうな表情も見せず、小さくため息をつき、やがて再び鞄を肩に乗せると、陽翔はゆっくりとした足取りで瑠駆真の横を通り過ぎる。
「彼女を信じたいのはわからないでもないさ。でも、事実を捻じ曲げることはできない」
「嘘だ」
「お前がそう言うのなら、それでもいい」
そうして陽翔が瑠駆真の横を通り、お互いがお互いへ背を向ける形になった途端、長く力強い指が陽翔に伸びた。
「さっきから黙って聞いてりゃあ」
瑠駆真との対話に集中していた陽翔は、聡の片手に呆気なく捕まる。
「美鶴が緩を突き飛ばしたなんて、そんなのは嘘だ。まして怪我をさせたなんて、そんな事は絶対にないっ」
「怪我をしたかどうかなんて、俺は知らない。何度も言わせるな。嘘だと言うなら他をあたってくれ」
「おう あたったさ」
聡は半眼で相手を見下ろす。
「緩は言った。事件なんて無かった。今日中には撤回するはずだ」
その言葉に、今度はうねるような周囲のざわめき。さすがの陽翔も少し驚いたように目を見開く。
「ほう?」
胸元を鷲掴みにされたまま、陽翔は感心したように相手を見上げる。
「撤回する? 金本さんが言ったのか?」
「そうだ。もともと事件なんて無かったんだ」
「……… そうか」
そこでフッと視線を外し、陽翔はやれやれと心内でため息をつく。
撤回する? 本当に? なぜ?
大迫美鶴が自宅謹慎に処せられた事実を、華恩はとても喜んでいる。これで山脇瑠駆真への障害は取り払われたも同然。彼女はそう思っている。
まぁ 彼女の勝手なオメデタイ思い込みではあるのだが、それでも金本緩にとっては願ったりの展開だ。
それをみすみすぶち壊すのか? 自分自身で?
「だからなぁ!」
陽翔の思考は、聡の無遠慮な言葉によって壊される。
「お前の言った事が嘘だってのは、明白なんだよっ!」
「そうか」
聡の怒声にも臆することなく、陽翔は悠然と答える。
「ならば、俺が見たのは幻か?」
「おめぇなぁ!」
「やめなよっ!」
このままでは一発出してしまいそうな聡を必死に抑えるツバサ。
「こんなとこで何かやらかしたら、金本くんこそ謹慎させられちゃうよ」
ツバサの言葉にグッと押さえ、突き飛ばすように陽翔を離す。
「お前や緩が何考えてんのか知らねぇけどよっ!」
聡は怒り納まらぬ様子で陽翔を睨み
「次に美鶴に何かしてみろっ ただじゃおかねぇからなぁぁっ!」
陽翔は肩を竦めて乱れた首元を直し、心得ておくよ とだけ返して背を向けた。そうして、ほぼ二年生全員の視線が注目する中を、悠々と教室へ姿を消した。
「とにかく、美鶴と話がしたい」
呟き、聡はガツッと拳で校舎を叩く。
昼休みの裏庭。
そう、美鶴がしがみつく緩を突き飛ばした、あの裏庭。
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